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2、明治時代……「鈴木主水口説き」
津軽三味線は、明治時代になってから、目の不自由な“ボサマ”と呼ばれた芸人さんたちが、生活のために、家々を回って(門付け)三味線を弾いたり、唄を唄ったりして、お米や、お金などをもらって歩いたのが始まりである。この頃はまだ、細棹の三味線だった。 |
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3、大正時代……「津軽じょんから節・旧節」
この頃になると、お祭りなどで“唄会”という興業(コンサート)が開かれるようになる。人が大勢集まるところで大きい音を出すために、義太夫に使われていた、太棹の三味線が使われるようになる。
またこの頃は、現在のように映画やテレビ、ラジオ、レコードなどがない時代だったので、“唄会”などは最高の娯楽だったのである。この頃の津軽三味線は主に唄の伴奏で、演目も「じょんから」「よされ」「あいや」「三下り」など四つか五つぐらいだった。 |
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